八椿太郎義家東征の折、崇拝する京都の石清水八幡を遥拝し、この丘に弓矢を立て奉ったのが起源とされる古社。
その際、8人の乙女に舞楽を奉させたことから「八乙女八幡宮」と言われている。
神社のある丘一帯は、荒砥城址として史跡に指定され、本丸跡、空堀跡、水堀の一部が残っています。
桜は石段を登っていくとまるで参拝者を迎えるかの様に鳥居越しに見えてきます。
毎年、春の苗代の種まきの頃に花が咲くので種蒔き桜と呼ばれています。
主幹が斜めに傾くように立っていて、多くの柱で支えられています。
また、幹のほぼ半分に治療の後が見受けられます。
境内は木々に囲まれていてひっそりとした印象です。
国道287から細い道を入りますが、神社までの道は狭く先に駐車場も無いようです。