村主八幡神社境内の西側にある江戸彼岸。
まだ若い桜の様で樹勢も良く綺麗な幹をしています。周囲を杉の木に囲まれているので少々窮屈そうでした。
村主八幡神社は鎌倉時代には既にあった神社で、江戸時代にも村主八幡宮として祭祀されていました。
明治42年に、近隣の神社二十七社が合祀され、名胡桃の総鎮守として社名も村主八幡神社に改称されました。
境内は広く深い杜に囲まれており厳かな雰囲気。
その境内の西には町指定史跡の若宮塚があり、その傍らに江戸彼岸がたっています。
若宮塚について案内板によると、
「室町時代中期、この地方の長者の家に如意姫という才色兼備の美しい娘がいました。その噂が都まで届き娘は宮中に召され、小桜(こざくら)の内侍(ないし)と呼ばれるようになりました。姫は後花園帝の寵愛を一身に受け懐妊しましたが、後宮の女官たちの妬みによって都を追われ、御子(みこ)を宿したまま故郷へ帰ることになりました。1459年(長禄4年)御子の明賢親王が生まれてまもないころ、都から「石の袋」を題に歌を求められました。姫は御子がたどたどしく口にした「いさご」の言葉から、機知に富んだ歌を送ります。
勅なれば石の袋も縫ふべきに、砂(いさご)の糸を縒りて給はれ
(帝の求めなら石の袋も縫ひませうが、ならばその前に砂で縒った糸をお与へください)
残念なことに御子は2歳で病死し、供養のため若宮塚に葬られました。」
また、如意姫が御子を宿したまま帰郷した際、都から持ってきて植えて成長したものが上津の姥桜と伝えられています。
神社の鳥居脇にあるご神木「村主の大欅」。樹齢は600年で樹高30m、幹周7mの巨木。
県の天然記念物に指定されています。
撮影日:2014.4.19
村主八幡神社の彼岸桜 - DATA |
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【種 類】 | エドヒガン - 樹齢不明 | |
【住 所】 | 群馬県利根郡みなかみ町上津1233 | |
【交 通】 | 車 | 関越道月夜野ICから約4km、6分(駐車場有り) |
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