岐阜県高山市荘川町にある「荘川桜」は、御母衣(みぼろ)ダム湖畔に咲く、樹齢400年以上とされる2本のエドヒガン。
幹周りは約6メートルに達し、その堂々たる姿と長い歴史から、岐阜県の天然記念物に指定されています。
もともとこの2本の桜は、それぞれ光輪寺(こうりんじ)と照蓮寺(しょうれんじ)という、荘川村(現荘川町)中野地区の寺院の境内に植えられていたものでした。
1950年代後半、御母衣ダムの建設によりこれらの寺院は水没することが決まりましたが、ダム建設事業主である電源開発株式会社(Jパワー)の初代総裁高碕達之助が水没予定地を視察中、光輪寺にあった巨桜を見て「なんとかこの桜を救えないものか」と、当時の桜研究の第一人者で「桜男」とも称された笹部新太郎に移植を依頼し「東海一の植木職人」と称された丹羽政光氏の協力のもと、同様の桜の巨樹があった照蓮寺の桜と共に移植されることになりました。

1960年(昭和35年)に行われた移植工事はそれぞれの重量が35トンを超える桜を距離にして約600メートル、高低差約50メートルを移送する世界的にも例がないといわれるほど大がかりなものになり、困難を極めました。
移植当時はほとんどの枝や100mほどあった根も切られ幹には荒縄が巻かれており痛々しい姿だった桜も、伐られた枝から新たな枝が伸び始め無事に活着、翌1961年には花を咲かせることになります。
1962年6月に行われた水没記念碑除幕式で移植された光輪寺と照蓮寺の桜は、当時の藤井崇治電源開発総裁により「荘川桜」と命名されました。

左側が光輪寺の桜、右側が照蓮寺の桜。
移植から65年を経た2本の桜は御母衣湖の湖畔に立ち続け、今も春になると美しい花を咲かせます。

照蓮寺は浄土真宗の寺院で現在は岐阜県高山市堀端町に移築され、境内には荘川桜の二世桜が植えられています。
一本の大杉だけですべて建てられたと伝えられている本堂は、現存する浄土真宗の建築として最古のもので、重要文化財に指定されています。
移築前の本堂の正面にあったのがエドヒガンの巨木である照蓮寺の桜。
子供達が木に登ったり桜になるさくらんぼを、おやつがわりに食べていたそうです。


照蓮寺の近くにあった光輪寺は現在、岐阜県関市に移築され本堂裏に荘川桜の二世桜が植えられています。
光輪寺の桜もエドヒガンで幹周は6mに達する巨木。

2024年はウソによる花芽の被害があり例年よりも花数が極端に少なくなってしましましたが、2025年は被害もなく訪問時には満開を迎えていました。

桜のある荘川桜公園からは御母衣ダムを見渡すことができます。

1984年に移植された二世桜。

ふるさとは 湖底となりつ うつし来し この老桜 咲けとこしへに
桜の近くにある歌碑には、高碕達之助が詠み、藤井崇治が筆をとった歌が刻まれています。

西光寺のしだれ桜と同じ時期に花を咲かせ、毎年4月下旬からGWが見頃になります。
移植に尽力した人々の思いは次世代へと引き継がれ、故郷への深い愛情を今に伝える存在として、荘川桜はその歴史と共に輝き続けています。
荘川桜へのアクセス
無料の駐車場があります。
